領域を超える大学経営

大学経営に関連する様々な研究、書籍をレビューします。

羽田貴史(2010), 高等教育研究と大学職員論の課題, 高等教育研究(13), pp23-42.

1. 要約・要旨縮約

・大学職員論を発展させるための研究的な課題と高等教育研究を発展させるための大学職員論の課題双方の指摘。

・近年勃興している大学職員論のメタ評価を試み、高等教育研究としての課題を整理。

 

2. 本文縮約

Ⅰ. はじめに

・「大学職員論」は、担い手が教員研究者と職員双方にまたがり、高等教育研究の特質(研究論文と実践報告が入り乱れる)が表れたテーマ。

・研究活動=没価値的、実践活動=価値的(追求する価値は違う)

・大学職員論が、高等教育研究の一領域として発展するためにレビューを通じた解剖と課題の提示は不可欠。


Ⅱ. 大学職員論の前史

(1) 大学制度の成立と大学職員

・官吏としての書記官、書記と大学雇の雇員の待遇はかなりの差であった。(給与に2倍以上の開き)→プロパーと移動官職の処遇の差の源流

・戦前の大学職員の養成は、文部省図書館職員講習所(大正10年)、経理講習所(大正13年)を除いて、ほとんど行われていなかった。

経理講習所出身者等会計担当者が、『経理資料』という雑誌に各種論文や報告を投稿し、職能形成を図る重要なツールとなっていた。

・日本型官僚制=所掌する業務の専門性ではなく、各省庁のルールに相応した専門性を獲得する

→業務の意味や目的適合性について問うことなく規則順守的なかつての国立大学職員の行動様式が育つ土壌

 

(2) 戦後大学改革と大学職員

・身分制的官僚制→公務員法制

・大学雇いの職員層(課長補佐以下)と文部省及び大学間を移動する職員層の格差構造は再生・存続

・課長職以上は移動と昇進がセットになったキャリアパターン、大学職員であるとともに文部省職員。

・事務局及び学部の事務組織編制は文部大臣の権限に属し、大学が任意に編成できなかった。

・プロパーのトップは事務長及び課長補佐であり、課長以上は移動官職。本省―事務局(本部)―部局という事務職員の階層構造が成立。

・二元・階層構造のもとで意思決定過程も二元化。

 

(3) 大学自治論と大学職員

・60年代大学紛争で教授会自治の限界が露呈→学生・職員の大学運営参加=全構成自治論の勃興

・文部省の方針を体現する役割を持つ職員は構成員自治の主体になり得るかという課題→原理的な問題への解答を見出せず、大学運営への職員参加論は70年代に沈静化

・私立大学では、教授会自治を克服し、職員を大学運営の主体とするところも(日本福祉大学


Ⅲ. 90年代の大学職員論

(1) 大学職員論の新たな勃興

・90年代に大学職員論が新たに勃興
 大学行政管理学会の創設、1998年大学審議会答申
 事務職員の専門的力量の向上が説かれた

 

(2) 国立大学職員論とその特質

・①職員が教授会支配のもとで低位に置かれ、「ジム」とも蔑称されてきたと問題視、②大学の自己責任が拡大し、経営能力の向上が必要になったが、教授会による意思決定プロセスが制約に、③教員は経営のプロではなく、経営管理の専門家として、職員が大学経営の中心になるべきこと、④業務が高度化し、職員の専門性向上が重要なこと、⑤教員自治と対抗できるだけの専門性を職員が身に付けること

 

(3) 国立大学職員論の問題点

・「教員支配と職員」という構造が過度に強調。事務組織は学長の権限も及ばない組織であったが、団体自治が不十分な事実が語られず、二元的構造にも触れずに職員の位置を語るのは一面的。

・教育と研究に関する事項が、教員研究者の責任によって行われ、教育と研究に関する経営的側面も教授会・評議会など教員の代表によって決定されることは諸外国と比較して特段不思議ではないが、職員論の中には教学と経営の関係をどうみるか不明瞭。

・国立・私立を問わず、専門化を万能処方箋のように論じ、専門官僚制の構築を過大評価している点。官僚制のもたらす問題が全く視野に入っていない。

・職員の権限拡大や専門性向上をア・プリオリに語ってもそれは部分解に過ぎず、全体構造は見えない。

・大学職員論は経営に焦点化し、教育研究の現場を担う部局職員についてほとんど扱っていない。

 

Ⅳ. 大学職員論の諸相

・孫福弘の大学職員論

 大学管理運営が教員自治になっていることを批判し、70年代の学生参加・職員参加の意味についても触れつつ、教育職員と事務職員の二分法に加えて、新たに行政管理職員(経営管理職員)を設け、大学経営の専門家育成の受け皿とすることを主張

 従来の教員・職員の2分法ではカバーできない新たな業務について、「学術専門職員」という新たな職種が必要と指摘

 ゼネラリストの視野の広さとスペシャリストの知識の深さを併せ持つ「プロフェッショナル」としての職員像を想定。

・篠田道夫の大学職員論
 経営と教学の二元構造を前提に、両者の政策統合機能を果たす事務局での役割と教育・研究分野での新たな職員の役割の双方を位置づけ。教員と職員の対抗関係を前提とする職員の権利獲得とはとらえていなかった。

国立大学法人化は従来の幹部職員の昇進メカニズムを解体し、内部昇進を原則とした。そのため、法人化の下での幹部職員のレゾンデートル探しとして、教員に代わる専門性の高い経営職員像という部分解が単一解のように喧伝された?

 

Ⅴ. 大学職員論と高等教育研究

(1) 大学職員論における高等教育研究

・経験中心であり、大学管理運営研究、官僚制研究、専門職論など関連する領域の成果を学んでいない。大学職員そのものに関する領域の実証的・理論研究も不十分。

・諸外国の大学職員や事務組織の情報収集は急速に進んでいるが、日本を対象にした実証研究が待たれる。

・社会科学における人材形成や職務分析に関する膨大な研究成果、方法に学び、高等教育研究の成果によって基盤を固めていくことが必要。

・財務・会計や政策決定・実施など大学運営の実態面の研究は資料的制約や政策決定過程の不透明さによって十分な蓄積がない。職員の専門性を構築するとすれば、過去の政策・経営の失敗事例の分析を経ながら抽出されることが不可欠。

(2) 高等教育研究における大学職員論

・大学教員・学生と並ぶ個人単位の構成要素として重要なパーツ。

・大学職員層は、教員職員と異なり、一義的な定義が困難。

・職員管理層を対象にした質問紙調査だけで議論することの限界。

 

3.研究貢献メモ

・近年の大学制度における二元構造に注目しながら、国立大学職員論の問題点について指摘

 

 

中村高康(2007), 高等教育研究と社会学的想像力 -高等教育社会学における理論と方法の今日的課題-, 高等教育研究(10), pp97-109.

1. 要約・要旨縮約

・日本の高等教育研究について、政策的・実践的課題解決の意識が強く、理論的・方法論的に必ずしも「社会学的想像力」が生かせる状況になっていないことへの問題意識。

・理論:社会学理論一般との接点を確保し、社会学概念を上手く活用していくことが有効だとする見方を示す。
方法論:データ収集や方法を現状より丁寧に行っていく努力とともに、新しい方向としてパネル調査や質的調査を絡めた総合的調査研究も有効ではないか、という見解を示す。

 

2. 本文縮約

Ⅰ. はじめに

・高等教育研究に関するこれまでのレビューの所在
(天野・新井(1970)、有本・金子・伊藤(1989)、『高等教育研究』第1集(1998)、『大学論集』(第36集、2005))


Ⅱ. 高等教育社会学の暫定的定義

・高等教育の社会学:高等教育の制度・構造・規範といった集合的現象を社会的事実ととらえ、それを諸個人の意識や行動と関わらせて理解するもの

・ミルズの説く「社会学的想像力」を阻害する要因を克服することで、理論的にも方法論的にも「社会学的想像力」の豊かな研究を生み出すべき。

Ⅲ. 高等教育研究と社会学理論

・誇大ターム:抽象的で一見大きな問題を扱うような装いを持ちながらも充分に理論的に展開されない空虚な現代社会評論的用語(ex.グローバル化、市場化)→ある種の思考停止を伴う

・高等教育学会での報告や紀要論文:隣接諸分野との関連性が必ずしも明示的でないケースが多く、場合によっては枕詞的に用いた用語が目立って誇大タームに見える(→一方、白鳥(1995)や保田(1999)は、社会学との繋がりを意識した貴重な仕事をしている)

・高等教育社会学の一つのかつてのパラダイム:M.トロウ「構造―歴史理論」(エリートーマスーユニバーサル)

・しかし、現実がユニバーサル段階に接近することによってトロウ理論の有効性の限界は如実に

・トロウ理論の弱点:
旧来の社会理論の中核的なテーマ(階級構造、資本主義、産業社会、近代化)との切り結びが弱いために、社会学理論との接点が保ちにくい

・ベック(1986=1998)やギデンズ(1990=1993, 1991=2005)からの高等教育社会学社会学理論への接点の可能性(ハイモダニティ論、再帰性

 

Ⅳ. 高等教育研究と社会学的方法

・サンプリングの問題(身近な教授の授業で配布したアンケート結果など)
〈通俗化された経験主義〉
 解決策→1)機関を軸にしてサンプリング方法を提案する
     2)通常のサンプリング方法に近い方法を取り入れてみる

・高等教育研究における分析レベルは初歩的なものが多い。
 (朴澤(2005)や村澤(2006)による試みは、学会全体の数量的分析のレベルの底上げを図るためにもっとあってもよい)

・パネル調査:複数時点で繰り返し同一対象に実施する調査
 具体的な個人の変化を捕捉できるため、その個人の変化を構造や規範などの集合的現象の変化と結びつけて解明するのに適している。

・高等教育研究における質的な調査は低調(フィールドワークを実施した投稿論文は『高等教育研究』においては一度も掲載されていない!)
 『ドロドロとした現実』を掴むためのフィールドワーク、インタビューの重要性
実践的課題解決が求められる分野での『混合研究法』の重要性

 

Ⅴ. おわりに

・高等教育研究における「社会学的想像力」の障害=「誇大ターム」と「通俗化された経験主義」

・高等教育研究が研究である以上、その軸を崩さずに高等教育を見ていくことは大切な課題。

 

3.研究貢献メモ

・高等教育研究における依拠する理論の重要性とデータ収集、あまり利用されていない分析手法の重要性を示唆した。

 

4.参考文献

・本研究にて著者が高等教育研究との接点を探ることを提案する後期近代の社会学理論については、以下の書籍が詳しい。

 

近代とはいかなる時代か? ─モダニティの帰結─

近代とはいかなる時代か? ─モダニティの帰結─

 
モダニティと自己アイデンティティ―後期近代における自己と社会

モダニティと自己アイデンティティ―後期近代における自己と社会

 
危険社会―新しい近代への道 (叢書・ウニベルシタス)

危険社会―新しい近代への道 (叢書・ウニベルシタス)

 

 

 

山本清(2015), ガバナンスの観点からみた大学組織の変遷, 高等教育研究(18), pp29-47.

1.要約・要旨縮約

・1990年代以降の我が国の高等教育改革において、機関レベルの大学組織がどのように変遷してきたかを検証し、現在の課題と将来展望を述べる。

・用語の概念と定義を明確化し大学組織の構造と意思決定過程をモデル化。

 

2.本文縮約

Ⅰ.はじめに

・1990年初頭以降の我が国の高等教育改革において、機関レベルの大学組織がどのように変遷してきたかを検証する。分析の前提として、大学は教育研究の自主性・自律性が尊重されている組織であると同時に政府の規制を受けることを認識しておく必要あり。

・この四半世紀の大学経営を見る視点は、グローバル、マネジメントとガバナンスの強調。

・日本の大学で「管理」→「経営」と呼ばれる変化が生じているか、企業と本質的に異なる大学の特性に留意する必要あり。

・用語の概念と定義を明確化し大学組織の構造と意思決定過程をモデル化。制度面よりも実質的な大学組織がどのように運用され、変化しているのかに焦点をおいて分析。

Ⅱ.高等教育改革のマクロとミクロの関係

・条件適合理論をベースに大学-政府、社会、市場との関係(相互作用)の概念モデルを作成。

・大学-政府の関係
(1998年大学審議会答申)
 執行部、特に学長のリーダーシップの強化と教員の教育研究活動への専念及び事務組織の資質向上と専門化の推進。
(遠山プラン)
 大学組織、特に国立大学に組織構造の変革を要求。
 成果管理と連動する財源獲得と経費管理が設置形態を問わず、大学組織に求められるように。
(大学改革実行プラン)
 1998年大学審議会答申の延長線上。学部再編のみならず大学単位の組織再編・統合が提示。

・大学-社会の関係
 大学の情報提供・評価から説明責任、質保証

・大学-市場の関係
 高等教育への需要と供給の変化

Ⅲ.大学の「管理」と「経営」

・政策文書では表面上移行しているが、その定義の違いは不明瞭。

・管理:規律保持に力点、経営:自主性・柔軟性→Stivers(2003)

・NPMの影響
 アカデミック・キャピタリズムの進展
 管理:手続き面の公正性や法令順守に価値があるのに加え、成果の測定や統制が困難であることが前提
 経営:成果による統制が市場原理を通じて合理的に行えることが前提

・経営主義・NPMに対する批判(アカウンタビリティ⇔専門職の自律性)→「大学ガバナンス」の概念の導入。

Ⅳ.「教学管理」と「経営管理

・「教学」と「経営」は区分することは妥当ではなく、大学の活動戦略と資源戦略に区分に、両者が相互に整合的なものである必要がある。

・学生納付金収入と「教学」の活動内容が相互作用を強めた2000年以降、「教学」が「経営」の影響を受ける、「経営」が「教学」に依存する傾向が生まれる。

・水平的機能分離論と垂直的機能分離論が「教学」と「経営」の2元組織で分断され、それぞれ教員と職員及び経営層と教職員層の関係であることに整理がなされていないという課題。

・上記の課題を踏まえ、戦略の決定実施と「教学」「第3の分野」「経営」の整理

・「教学管理」と「経営管理」の二分論→「大学経営」の元に「教学」「第3の分野」「経営」として同じ次元で認識することが必要

・能力開発について、水平的な機能を十分に満たすものと垂直的な機能分離を効果的に行うためのものに整理することが必要。

・「学長」・「理事」は「教学」組織の出身であることから、「経営」に関する知識の習得に努めることが肝要。

Ⅴ.課題と展望

・組織として大学の意思決定機関と教育研究の審議機関の制度面での分離が法制度等の改正等により進展。
 しかし、伝統的な「教学」と「経営」の水平的な機能分担論と学長のリーダーシップ論(垂直的関係)が混在して議論されているため、政策的にも大学側の対応においても教育・研究・社会貢献活動を高める「大学経営」の視点が欠けていることを明らかにした。

・我が国の大学組織がどのような方向に向かうかは、マクロの社会、政府、市場の動きに規定される他、大学セクター自身の対応にも依存。

3.研究貢献メモ

・「教学管理」と「経営管理」の二分論→「大学経営」の元に「教学」「第3の分野」「経営」として同じ次元で認識することの必要性とその次元に基づいて役員・教職員の能力開発を整理することの必要性を示唆。

 

4.参考文献 

・本研究にて著者が依拠する条件適応理論(コンティンジェンシー理論)については、少し古いものの以下の書籍が詳しい。

経営組織の環境適応 (1980年)

経営組織の環境適応 (1980年)

 
組織のコンティンジェンシー理論 (1979年)

組織のコンティンジェンシー理論 (1979年)